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実話をもとにしたストーリー

私は泣いた、次に笑うために。

(ウルミラ・チャダリーさん/ネパール)

STORY 1

STORY 1

貧しかった。土地のない農家に生まれた。とても貧しかった。父と母が薬を買った。もちろん、借金だった。ある日、男の人が家にやってきて、「借金を返すか、この娘を連れていくか、どちらかだ」と言った。この娘とは、私。当時、6歳だった。両親は、奉公に出せば私に教育が与えられると思った。借金はナシになり、私はカトマンズに連れていかれた。

両親も私も、知らなかった。それが『カムラリ』だったことを。児童の住み込み使用人。つまり、奴隷。私は裕福な銀行員の家に入った。朝早くから夜中まで休むことは許されなかった。まず庭掃除、ご主人様の三種類のジュース作り、朝ごはんの支度、メニューは6、7種類作らなくてはならない。6歳の小さな私は、椅子の上に立ってお鍋をかき混ぜた。洗濯、私より幼い子どもの世話、仕事は際限ない。私の手は、老婆のようになった。殴られた、汚い言葉を浴びせられた。台所で寝た。冷たい床。夢を見る暇はなかった。

イラスト:児童の住み込み使用人『カムラリ』

学校には行ったことなどない。一円もお金をもらったことなどない。こんな暮らしが12年間、続いた。私の記憶は、たったのひとことで表すことができる。それは・・・痛み。心と体の悲痛な叫び。プラン・インターナショナルによって救出してもらったとき、私は読み書きもできず、笑顔も忘れていた。家に戻ったとき、父と母は、ただ、泣いた。私を抱きしめて、泣いた。私も泣いた、次に笑うために。

学校に通った。何も知らないので、年下の子に馬鹿にされた。でも、くじけなかった。教育は大事。いっぱいいっぱい勉強した。元『カムラリ』の女の子たちが自立するための支援がしたい、私はその団体の代表になった。

大統領にも訴えた。国連でもスピーチした。女の子だから、差別された。女の子だから、搾取され、チャンスもなかった。でも、女の子を大切にしない国は亡びる。

おばあさんも、お母さんも、お姉さんも、おばさんも『カムラリ』だった。でも、私は、それを断ち切った。私はここに誓い、戦う。法律家になって、女の子が守られる社会をつくる。少しでも多くの、笑顔の花を増やすために。

イラスト:女の子が守られる社会をつくる

写真:ウルミラ・チャダリーさん

未来を切り拓いた女の子たち

ネパールでは、2006年にカムラリを禁止する法律が制定されました。しかし、いまだ多くの女の子が貧困により長時間の家事労働に従事させられています。今回の主人公のウルミラ・チャダリーさんはプラン・インターナショナルと出合い、それまでの人生を変えることができました。

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