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[特集]有働由美子さん ウガンダ・レポート 第3回

[特集]有働由美子さん ウガンダ・レポート
第3回 
アンジェラちゃんとの出会い

私はプラン・スポンサーシップを通じて、ウガンダのリラ県に住む2歳の女の子、アンジェラちゃんのスポンサーをしています。まだプランにもらった資料でしか知らない彼女に会うのが、この旅の大切な目的のひとつ。
アンジェラちゃんに会えるかと思うと、胸が高鳴りました。

写真:アンジェラちゃん

アンジェラちゃん

撮影:金井塚太郎

村の大歓迎を受けて

アンジェラちゃんと会う場所は、プランが建設した地域の乳幼児教育センター。車で近づいていくと、その近くに紹介資料の写真と同じ、緑と白のリボンがついた一張羅のドレスを着ている小さい女の子がいました。「あ、アンジェラちゃんだ」とその瞬間、自分が産んだわけでもないのに、懐かしいような、やっと会えたような不思議な感情が押し寄せてきて、思わず涙がこぼれそうになりました。
アンジェラちゃんに駆け寄ろうとすると、その前に地域の女性たちの踊りと歓声、ドラムの音というウガンダ式の大歓迎を受けました。

写真:村の女性たちの歓迎の踊りで迎えられました

村の女性たちの歓迎の踊りで迎えられました

感激の対面

アンジェラちゃんはまだ2歳。私が近寄って抱っこしようとしましたが、大泣きされてしまいました。それでもお土産にもっていった飴をあげると少し、ニコニコ。本当に愛らしいです。アンジェラちゃんのお母さんとお話しました。彼女は学校に行ったことがないそうです。「これから勉強ができるならば、何を勉強したいですか?」と質問したら、「あなたのような人と話せるように英語を勉強したい」と答えました。アンジェラちゃんのお母さんは私に、「日本から誰かが来てくれるなんて、思ってもみなかった。あなたはもう私たちの家族です」と言ってくれました。そして、お母さんが作った手作りのシアバターをお土産にもらいました。

写真:アンジェラちゃんとお母さんとハグ

アンジェラちゃんとお母さんとハグ

写真:アンジェラちゃんはちょっと怖がっています

アンジェラちゃんはちょっと怖がっています

写真:アンジェラちゃんとお母さんにお土産を

アンジェラちゃんとお母さんにお土産を

写真:手作りのシアバターをもらった有働さん

手作りのシアバターをもらった有働さん

家族が多い理由

アンジェラちゃんの家族はお父さんが病気で亡くなり、お母さんとお姉ちゃんと暮らしているとプランから聞いていました。実際は亡くなったお父さんには妻がふたりいて、アンジェラちゃんのお母さんはふたり目の妻です。彼女たちは、ひとり目の妻とその家族と一緒に暮らしていました。ウガンダ北部では慣習として男性がふたり以上妻をもつことがあります。貧しい女性の生活扶助のため、と現地で説明を聞きました。でも女性にとっては嫉妬もある一方、「共通の」夫を失い、今は支え合って暮らしているアンジェラちゃんのふたりのお母さんをみて、過酷な貧困のなかにあって、これもひとつの方法なのだと感じました。

写真:アンジェラちゃんのふたりのお母さんと姉妹たちと一緒に

アンジェラちゃんのふたりのお母さんと姉妹たちと一緒に

子どものパワーはすごい

裸足に破れた衣服を着た幼い子どもが赤ちゃんをおぶってあやしている光景をみて、子どもたちの力強さと優しさを感じました。私のあげたお土産を子どもたちが自発的にみんなで分けていたのも印象的で、子どもたちが自然と助け合っていることに、この地域のパワーを感じました。

教育を受けられなかったために、望まない妊娠をしてしまうようなことがアンジェラちゃんには起きないように、そして自分で選んだ人生を歩んでほしいと心の底から願わずにはいられませんでした。

実際に子どもに会う前は、「自分がなにかしてあげる立場」のような気がしていました。でもそうではなくて、むしろチャイルドや家族から、自分が何かをもらえることのほうが大きいと思いました。「小さいけれど自分が誰かの役に立っている」ということ、「遠い国の誰かに気持ちを寄せることができる人間でいることができるんだ」と思うことが、自分を勇気づけてくれる気がします。自分の何かをちょっと我慢して、他者をサポートする人生は実はとても豊かなことなんだと実感しています。

写真:感激の対面後、アンジェラちゃんと親子と

感激の対面後、アンジェラちゃんと親子と

コラム:ウガンダのリラ活動地域

つい10年前まで、ウガンダ北部のリラ県では内戦が20年以上続いていました。ウガンダでももっとも経済的に貧しい地域です。多くの村で、反政府軍に襲撃、略奪され、子どもは誘拐されて兵士にさせられるなど深い爪痕が残っています。村の人びとは親戚の誰かをこの内戦で亡くしています。なかでも100人を超える国内避難民が虐殺された事件はいまでも人々の記憶に残り、その亡骸が葬られた墓地には慰霊碑があります。
プランは内戦からの復興過程で、この地域での活動を2007年に開始しました。保健所や学校の建設などを通じた基本的な社会サービスの改善に加えて、失業率の高い若年層の収入増加支援などを行っています

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