1937年 ひとりの戦災孤児を路上で保護したイギリス人から活動は始まりました。
「この子の名前はホセ。私はこの子の父親ですが、街が占拠されれば殺されるでしょう。この子を見つけた方、どうか面倒を見てやってください」スペイン内戦の最中、そう書かれた紙切れを手にした5歳の男の子を保護したイギリス人ジャーナリスト、ジョン・ラングドン=デービスは、友人エリック・マッゲリッジとともに「スペインの子どものためのフォスター・ペアレンツ・プラン委員会」を設立。戦災孤児のための施設を開設しました。
第二次世界大戦中は、フランス、イギリスと拠点を移しながら、支援の対象をあらゆる国籍・人種の子どもに広げました。大戦後はヨーロッパの復興にともない、活動の場をアジア、アフリカ、中南米の途上国へと移動。活動の形も、子ども一人ひとりへの直接的なものから、子どもの暮らす地域・生活環境を向上させることに焦点が移されました。貧困という大きな問題に根本的に取り組むためです。
現在、プラン・インターナショナルは「子どもとともに地域開発を進める国際NGO」として、地域の大人だけでなく子どもの視点や意見を中心にしながら活動を展開しています。世界で約90万人のスポンサー、約100万人のチャイルドと彼らを取り巻く地域の住民たちが、この活動に携わっています。
- 1937年
- 「スペインの子どものためのフォスタ-・ペアレンツ・プラン委員会」として創立。スペイン内戦の戦災孤児を支援
- 1940年代
- 第二次世界大戦中に、「戦時下の子どものためのフォスター・ペアレンツ・プラン」へ改称。ヨーロッパ全土の子どもたちが支援対象となる
- 1950年代
- ヨーロッパの復興にともない、活動地域を途上国に移す。名称も、「フォスター・ペアレンツ・プラン」へ
- 1960年代
- アジアと南米にも活動を広げる
- 1970年代
- 「フォスター・プラン」として、アジア・アフリカ・中南米で活動
- 1980年代
- ヨーロッパ諸国が次々と活動に加わり、1983年には日本でも事務所を設立。1989年、開発援助を行う民間団体として国連に正式に公認・登録される
- 1990年代
- 創立60周年を迎え、北欧諸国や韓国が事務所を設立。1998年以降には、大人だけでなく子どもの視点や意見を中心とする「子どもとともに進める地域開発」を世界中で実践
- 2000年代
- 2002年の国際理事会にて、プランは「子どもとともに地域開発を進める国際NGO」であると宣言。これにともない、組織名は「プラン」に、支援者の呼称は「フォスター・ペアレント」から「スポンサー」に変更される。香港、インド、コロンビアも事務所としての活動を開始
- 2007年
- 世界の女の子の現状と彼女たちが直面している課題を調査・分析した「世界ガールズ・レポート」の発表を開始
- 2012年
- 団体名称を「プラン・インターナショナル」へ変更
プラン・インターナショナル・ジャパンの沿革
- 1983年
- フォスター・プラン日本事務局として創立。「経済成長を遂げた日本が、途上国支援をすべき時代になった」と考えた有志たちが、国際本部の働きかけを受けて活動を開始。
- 1986年
- 外務省から財団法人として認可される
- 1988年
- 外務省から特定公益増進法人に認定される
- 2006年
- 団体の呼び名を「フォスター・プラン」から「プラン・ジャパン」へ
- 2011年
- 内閣府から公益財団法人として認可される
- 2016年
- 団体の呼び名を「プラン・ジャパン」から「プラン・インターナショナル」へ
- 2023年
- 創立40周年記念イベントを開催
