(2025年12月12日更新)
イベントでの集合
皆さん、こんにちは。アドボカシーグループのアンナ・シャルホロドウスカーです。
10月に、公益財団法人アジア人口・開発協会(APDA)がプランと共催した「生命(いのち)の安全教育:尊厳を守る教育に関するアジア議員会議」に参加しました。アジア各国の議員や専門家、市民社会の代表が集まり、人権と尊厳を守る教育の役割や可能性について議論する、とても重要な場でした。今回は、私が感じたことや印象に残ったポイントを共有します。
包括的性教育(CSE)を生命の安全教育として導入する際の共通課題について
今回のイベントに参加し、生命の安全教育の文脈におけるSRHR(性と生殖に関する健康と権利)の意味や原則をより深く理解するとともに、CSEの導入に関する共通の困難について知ることができました。課題は数多くありますが、私が特に重要だと感じたのは、多くの国でCSEの意味や重要性に対する理解が不十分であること、あるいは一部で歪んだ認識があることです。CSEはしばしば「性行為に関する教育」とだけ見なされ、その結果、地域や社会で受け入れられにくくなるだけでなく、教える側の「準備不足」という不安感を強めてしまいます。
CSEは多くの側面を含みますが、最も重要な基盤は「自分と他者の境界を尊重すること」「誰もが自由に選択できる権利を理解すること」「自分と相手の気持ちを大切にすること」です。根本的には人間関係の教育であり、健全で尊重し合える関係を築く力を育むことが、無知や教育不足によって誰も被害者にも加害者にもならない社会をつくるために不可欠です。
今回のイベントを通じ、ウクライナと同様に、多くの国でCSEが断片的で、生殖や生物学的なプロセスに偏っていることを知りました。また、一部の要素は一般的な生命の安全教育の枠組みで扱われ、直接的で明白な脅威への対応にとどまっています。
さらに、目に見えない境界を尊重し、すぐには分からない暴力の多様な形を認識することも重要です。自分と他者の気持ちを大切にし、誰もが強制されたり選択を制限されたりしないことを教える教育は、年齢や発達段階に応じて行うべきです。そして、こうした原則を社会全体で当たり前にすることが必要だと強く感じました。
ウクライナにおける生命の安全教育への考察
ウクライナでは、多くの国と同様に、性教育が非常に断片的で、人間関係の学びとは切り離されています。さらに、性的指向の多様性や「自分の体と人生を自由に選択する権利」についての教育もなく、こうした欠如が偏見や差別、さらには性的少数者への暴力につながっている可能性があります。
国連人口基金(UNFPA)が2020年に実施した調査によると、親と教師の80%以上が「包括的性教育(CSE)を学校に導入すべき」と回答しました。一見すると心強い数字ですが、回答の詳細を見てみると懸念すべき点が浮かび上がります。
まず、70%以上がCSEの重要性を「知らない人との接触時の安全」や「性感染症の予防」に限定しており、性的同意や性的指向の多様性を教育に含めるべきと考える人は40%未満でした。さらに、偏見やステレオタイプが依然として根強く残っています。
同じ調査では、60%以上の保護者が「非異性愛者は治療を必要とする」という主張に賛成するか、判断がつかないと感じており、また45%が中絶を禁止すべきかどうかについて同様の不確かさや支持を示していました。これらの割合には、「完全にそう思う」「ある程度そう思う」「どちらとも言えない」という回答が含まれます。
多くの回答者がCSEの導入自体には賛成しているにもかかわらず、その内容に無意識に反発する理由を考えたとき、教育や社会に根づくステレオタイプの影響とその危険性が思い浮かびました。教育は非常に強力なツールですが、信頼できる情報に基づき、誰の権利や自由も侵害しない価値観を教えることが何より重要です。
- 出典:UNFPA Ukraine | AWARENESS AND ATTITUDES OF TEACHERS AND PARENTS TO COMPREHENSIVE SEXUALITY EDUCATION
驚きの気づき
台湾(アジアで初めて同性婚を合法化した国)や、東アジアでいち早く包括的性教育(CSE)を法制化した韓国の事例を学んだことは非常に印象的でした。同時に、これらの国でも依然として多くの課題や障壁が存在することに驚きました。
台湾では、同性婚の合法化に至るまでにいくつもの悲劇的な出来事がありました。また、法的な平等が認められた現在も、職場や地域社会における性的少数者の受容には大きな隔たりがあります。この経験から、真に平等な社会を築くには、法律だけでなく、社会、学校、家庭など複数のレベルでの取り組みが必要だと痛感しました。
韓国では、導入当初、自由な選択や性的指向の多様性に反する歪んだ内容が教えられるなど、さまざまな問題があったといいます。この状況は、ウクライナの学校で選択科目として導入された「家族の基礎」を思い起こさせます。この科目は、伝統的な家族や出産の価値を強調し、避妊や中絶を犯罪と教えるなど、SRHRの原則に真っ向から反する危険な内容です。保護者が禁止を求めても、選択科目として依然存在しています。
日本についても、強固なインフラが整っているにもかかわらず、地域や経済的な制約によってSRHRサービスへのアクセスに障壁があることに驚きました。身体の自己決定権や選択の権利を侵害する制度的・医療的な制限が存在し、社会では依然として多くのテーマがタブー視されています。
今回のイベントを通じ、日本の学校で生命の安全教育が徐々に導入・改善されているものの、信頼できる情報や個人の境界や権利に関する包括的な理解がまだ不足しており、それが将来の選択肢や自己肯定感に影響を与えていることを実感しました。
終わりに
今回のイベントへの参加を通じて、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)が社会において持つ意義と重要性をより広く理解することができました。これらの原則は、パートナー間だけでなく、人生全般において、尊重と自由な選択に基づく健全な人間関係を築くために不可欠です。信頼できる教育は、互いの権利と境界を尊重することが当たり前の社会を形づくるための、最も強力な手段のひとつだと強く感じています。
私が参加したイベントの詳細は、プランが主体団体としてパートナー団体や国際機関、企業などと取り組むキャンペーン「SRHR for JAPAN」のウェブサイトでもご覧いただけます。






