(2025年05月22日更新)
18カ月にわたり激化するガザの紛争をレンズ越しに伝え続けた、24歳のパレスチナ人フォトジャーナリスト、ファトマ・ハッスーナさん。停戦が叶った2025年1月、「今後の人生が楽しみ。きっと素敵なことが待っている」と語った彼女は、そのわずか3カ月後、家族10人とともに空爆で命を奪われました。
この記事では、亡くなる直前に彼女が遺したフォトダイアリーをたどりながら、瓦礫と化した街並み、避難を強いられた家族、子どもたちの影に差す希望の色彩まで、彼女が見た“亡霊の街(City of Ghosts)”の真実と、そこに宿る不屈の魂を見つめます。読み進めるにつれ、あなたにとっての「遠い出来事」は、きっと“今ここ”に迫ってくるはずです。
廃虚となった通り
Image credit: Fatima Hassouna
これが私の街。18カ月にわたる凄惨な戦闘の末に、いま目の前にあるのは砂にまみれた道路、瓦礫と化した家々、跡形もない公共施設。私たちが愛した場所はことごとく空虚な荒野となり、この街は“ゴーストタウン”になってしまいました。
ここはガザ北部のアル・ムハバラート通り。かつては海へと続き、アル・マザフ・ホテルなど人気のスポットを抜けるにぎやかな大通りでした。火の帯がこの通りを焼き尽くし、破壊の傷跡がいたる所に残っています。別の場所かのように変わり果て、たどり着いても自分がどこにいるのか判別するのに時間がかかったほどです。彼らは、私たちの愛したすべてを奪っていったのです!
避難家族で埋め尽くされたスタジアム
Image credit: Fatima Hassouna
ここはヤルムーク・スタジアム。かつてはサッカー観戦の歓声であふれていました。
今では家を失うか、攻撃の標的になる危険を逃れてきた人々の避難キャンプになっています。客席に座る女性たちは、夫や子ども、家族を失うなど、それぞれに物語を抱えています。
幅1メートルほどのコンクリートの段差が、家族全員の寝床です。ときおり彼女たちはこの小さな空間に腰掛け、遠くを見つめます。きっと、積み上がる自分たちの不安を見ているのだろう、と私は想像します。
瓦礫の中の色彩──おもちゃ屋台
Image credit: Fatima Hassouna
ガザは世界でもっとも矛盾に満ちた場所かもしれません。凄惨な破壊と死の灰色のなかに、子ども向けのカラフルなおもちゃが並ぶ屋台がぽつんと立ち、抑圧への大胆な抵抗を示しています。未来への希望は、まだ残っています。
この写真を撮ったのは、たとえ子どもたちの命が奪われても、また別の子どもが生まれ、いつかこのおもちゃを手に本来の子ども時代を生きるのだと信じたかったからです。
瓦礫と化した街で、爆撃の数日後には人々が路上で普通に暮らし始める——この街の日常と人々の強さは、いつも私を驚かせます。死と隣り合わせでも生きることを諦めない人たち。私にとって、これは“灰色に対するピンク”の方程式です。
奪われた聖域──ラシャド・アル・シャワ文化センター

かつての姿

現在
Image credit: Fatima Hassouna
ここは“ラシャド・アル・シャワ文化センター”。ガザでもっとも重要な文化拠点のひとつで、私の記憶に深く刻まれた場所です。
写真に写っているのはメインホール。詩の朗読会や祝い事、演劇が行われ、ときには映画館にも姿を変えました。ガザには映画館がないので、芸術を愛する人々の夢を叶えてくれる場所でした。
爆撃後、初めて足を踏み入れた瞬間、涙がこぼれそうになりました。彼らは決して奪う権利のないものを奪っていったからです。
けれど心の奥では分かっています。この場所は私のアイデンティティの一部。状況がどう変わろうと、本当に奪い去ることはできません。
苦難を背負う世代
Image credit: Fatima Hassouna
この街でいちばん胸を締めつけられるのは、子どもたちの姿です。
多くの子どもが年齢に見合わない重荷を背負っています。本来なら教室や遊び場にいるはずの彼らが、裸足で小さな皿を手に、避難所となった学校で紛争と向き合っているのです。
こうした写真を撮るとき、私は決して幸せではありません。むしろ心が引き裂かれる思いです。この小さな子どもたちには、あまりに過酷すぎる。それでも私を慰める唯一の思いは、いつの日か彼らが不正義に打ちかち、学校も遊び場も元どおりになることです。
忘れられぬアーティスト、マハセン
Image credit: Fatima Hassouna
写真に写るのは才能あふれるアーティストであり親友のマハセン・アル=ハティブ。空爆で亡くなりました。彼女は私や多くの人にとってのロールモデルでした。紛争下にあっても制作をやめず、屋根裏部屋で美しい絵を描き続け、それをパレスチナの声として世界に届けていたのです。
この写真の場所は、もはや存在しません。家も屋根裏部屋も失われ、マハセンとその夢も失われました。しかし彼女の願いは叶いました。彼女の芸術は生き続け、世界中の人が、夢を追うなかでマハセンが命を落としたことを知っています。
女性たちの歴史的勇気
Image credit: Fatima Hassouna
何世代にもわたり、女性は養い手であり、闘いの伝説であり、強さとしなやかさという大樹を育む種でした。
母たちは子どもを育てるなかで、「解放は小さな行動から始まる」という揺るぎない信念を植えつけてきました——たとえば一枚のクーフィーヤ(伝統的なスカーフ)から。
私にとってクーフィーヤはパレスチナそのもの、そして私たちはその“母”の子どもです。よりよい未来を信じ、抵抗は絶えることなく、挑む価値があるという思いに導かれています。
海がくれる力
Image credit: Fatima Hassouna
ガザの人間と海との関係を言葉で説明しようとすればするほど、言葉は意味を失っていく気がします。
海は私たちの人生で唯一の逃げ場でした。海から遠ざけようとしても無駄です。私たちと海の間に割り込めるものは何もない。息が詰まりそうになると、皆ここへ来ます。果てしない水面を眺めるだけで、呼吸が戻り、少しは穏やかな心でまた歩き出せるのです。
帰郷
Image credit: Fatima Hassouna
たどり着くまでの苦労や長い待ち時間があっても、祖国・我が家へ帰ることほどすばらしいことはありません。故郷の空気を吸い込む瞬間は、何ものにも代えがたい。
この荘厳な光景は、私が死ぬまで心に刻まれるでしょう。そして私の後の世代にも、“帰る”という意味、“家”という意味、長い苦難の末にたどり着く甘美さを思い起こさせる永遠の記憶として残るはずです。
- ※亡くなる数週間前に作成されたこのフォトダイアリーは、ファトマさんの世界観や思考、感情を示すものです。
当初は安全のために匿名での公開を検討しましたが、遺族の許可を得て、彼女の功績とレジリエンス、そしてガザの人々が忘れ去られないようにという願いを尊重し、正式に彼女の名前を明記して公開することになりました。彼女は亡くなる前日に、このフォトダイアリーの公開を承認していました






