(2026年10月14日更新)

「自分にはできないかも…」「失敗したらどうしよう…」。やりたいことがあっても、不安や周囲の目が気になり、一歩を踏み出せないことはありませんか?
今回は、10月に開催される「愛知・名古屋2026 アジアパラ競技大会」の旗手にも選ばれた中川もえ選手にインタビュー!
パラ陸上で活躍する中川もえ選手も、これまでたくさん迷い、壁にぶつかってきました。なかでも大切にしているのが「迷ったら、難しい方を選ぶ」という考え。
パラ陸上に出会い人生が変わった体験から、挫折の乗り越え方、新しいチャレンジの踏み出し方など、詳しく伺いました。
中川もえ
パラ陸上短距離選手。2003年生まれ、宮崎県出身。女子短距離100m、200mに出場する日本代表エースとして注目されている。10月の「愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会」では日本選手団の旗手を務める。
パラ陸上と並行して看護を学んでおり、宮崎大学医学部看護学科を卒業後、東京大学大学院にて看護の研究を行う。
パラ陸上で、人生が大きく変わった
── パラ陸上・日本代表のエースとして注目される中川選手に、挑戦や自信を持つことについて伺っていきます。
まず、陸上を始めたきっかけを教えてください。
陸上を始めたのは小学5年生の時です。運動会のリレーで「足が速いね!」と言われるのが嬉しくて。そこから友だちが通う地域の陸上クラブに入りました。
パラ陸上を知ったのは中学生のとき、当時のコーチが辻沙絵選手の新聞記事を見せてくれたんです。
辻選手は、私と同じく手に障害のあるパラアスリートで、パラリンピックで銅メダルを獲得した選手。
強くて凛としていて、すごくきれいな辻選手を見たとき、「こんな人がいるんだ」って思って。はじめて自分にとってのロールモデルができたような感覚でした。
そこから「私もチャレンジしてみたい!」と思い、コーチの薦めもあり、パラ陸上の世界に足を踏み入れました。
── 陸上からパラ陸上に移り、何か心境の変化はありましたか?
一番は「障害」のとらえ方が大きく変わったことです。
私は右手の先がないのですが、小学生の頃は人前で手を隠すことが多かった。周りの子から「手がないね」と言われると、うまく説明できない自分がいました。
それが、パラ陸上をはじめてからオープンになってきたんです。
パラではいろんな障害のある方がいます。私が驚いたのは、選手同士が障害について、まるで自己紹介かのように聞き合う文化があること。
たとえば、ブラインド(視覚障害)の方がいたとして、「どのくらい見えるんですか?」「どこが見えるんですか?」と聞く。義足をしている方には「先天性ですか?」「事故ですか?」といったように。
最初は「こんなに聞いていいんだ」ってびっくりしました。でも、よく考えてみると「障害について聞いちゃダメ」っていうルールがあるわけではとないんですよね。すごくオープンな環境だったので、私自身も少しずつ変わっていきました。
パラ陸上をはじめたことで、障害のことを「隠したいもの」ではなくて、「自分の個性のひとつ」として捉えられるようになりました。それどころか「むしろ周りに知ってもらいたい!」と思えるようになりました。
── 競技をするなかで、挫折や壁を感じた経験はありますか?その時はどう乗り越えてきたのでしょうか。
私の場合の挫折は「ケガ」ですね。
「痛めていないところはないんじゃないか」というくらい全身ケガに悩まされていた時期がありました。
思ったようにタイムが出せない…。
焦る。
さらにケガをする。
そんな悪いループに入ってしまって。
なので、ある時から見方を変えて、「今は休む時期。今のうちに他を強化しなさいと神様から言われてるんだ!」と考え、別の筋肉を鍛えたり、リハビリを頑張ろう、というマインドに切り替えていきました。
また、以前、陸上のメンタルコーチが「必ずしもポジティブである必要はない」と言ってくれて、ハッとさせられました。
「いつも前向きでいなきゃ」と思いがちだけど、ネガティブな気持ちも必要なんですよね。落ち込んだり、悔しいと思ったりするからこそ、それが次の原動力になることもある。
私は周期的にすべてがダメで落ち込む時期がくるのですが、その時は思いっきり泣いてとことん落ち込む。
でも、そのあとは「そもそもネガティブなのは、高い目標を目指せている自分がいるからだ!」と考え方を変えるようにしています。
迷ったときは「難しい方」を選ぶ
── パラ陸上を続けながら、東大大学院で看護を学んでいるとお聞きしました。なぜ看護の道を志したのでしょう?
最初は宮崎大学で看護を学び、今年からは東大大学院に進学し研究をしています。
看護の道に進もうと思ったきっかけは、パラ陸上をするなかで医療スタッフの方々にお世話になることがすごく多かったんですね。なかでも看護師さんが、一番患者さんと関わる時間が長く、患者さんの心や生活面をサポートしている。自分も誰かの支えになりたい、と思い看護を選びました。
また「健康スポーツナース」というスポーツの現場で活動する認定資格があるのですが、宮崎大学ではこの活動についても学ぶ機会があり、スポーツをする人たちを支えられる看護師になりたいと思いました。
大学院では褥瘡(じょくそう・同じ姿勢が続くことで体重で圧迫されて血流が悪くなり、皮膚にただれや傷ができた状態 )の研究をしています。
将来はアスリートの健康支援に携われたらと思っており、研究や修士課程での学びを活かしたいと考えています。
── これまで競技や進路など、人生で大きな選択をしてきたと思います。そのとき「自分にはできないかも…」という不安はありましたか?
もちろん不安はあります。
たとえば看護の道を目指したいと思ったとき、わざわざ手がハンデになる世界に飛び込むので不安が尽きませんでした。
試験には受かっても、私が看護を学ぶことは可能なのか、実際の現場で「受け入れてもらえるのか…」という不安がありました。
そんな進路選択に迷っているとき、大学の先生に実際にどうなのか話を聞いてみたんですね。すると「全然大丈夫だよ」とあっさりした感じで、背中を押してくれた。
自分で「無謀だな」と思うことでも、ちょっと口に出してみると、自分が思っていたほど実は深刻な問題じゃなかったり。そんな経験が多くありました。
あと、私は迷ったときは難しい方に行くと決めています。
これは宮崎時代の陸上コーチの言葉で、「迷ったら難しい方に行きなさい。その方が後悔が減るから」と。
たとえば、3つ選択肢があったとしたら、まずは最も難しいことにチャレンジしてみる。
その方が後悔がないし、自分が一番成長できそう。もし失敗しても、そこから得られるものはきっと多いと思うんです。
「ノミの天井」という有名な寓話がありますよね。
ノミは本当は高く飛べるのに、箱に入っていると「自分はこれ以上飛べない」と思い込んで、飛ぶのをやめてしまう。でも箱から出すとより高く飛べる──この話のように、自分の限界を自分で決めないことが大事だと思っています。
── たしかに。3つ選択肢があったとして、無難な方を選ぶと、うっすらと後悔したまま生きることになりますよね。ただ難しい方にチャレンジすると、失敗した時の恐怖や、周りの目が気になったことは?
私の場合だと、「世界大会に出たい!」などは大きな目標なので、自信を持って周りに言えなかったりする。周りにすごい選手がたくさんいるので「自分なんてまだまだだな…」と思ってしまう。
なので、周りからどう見られているかよりも、自分がどれだけ頑張っているかに目を向けるようにしています。
もし何か言ってくる人がいたら「羨ましいんだろうな」くらいの気持ちで考えていますね(笑)
── ユースのなかには「自信が持てない」と尻込みしてしまう人も多いかと。新しいチャレンジができないという人に、何かアドバイスを送るとしたら?
新しいチャレンジって、いきなり大きなことをやらなくてもいいと思うんです。その手前に、必ず小さくできることがあるはずです。
たとえば、興味のあることを調べてみる。その分野について、ちょっと勉強してみる。
実際にやっている人の話を聞いてみる。
そうやって小さいことに少しずつ手を出していると、」って思えてくる。「意外と次もいけるかも?」って思えてくる。
なので、まずは興味ある分野にちょこっとだけ足を踏み入れてみてほしいです。
あと、私はTODOリストを作るのが好きなのですが、やるべきことを細かく書き出しています。目の前のタスクに集中していると、考える暇がなくなるのでオススメですよ!
中川選手が考える「インクルーシブな社会」
── 属性や状況に関わらず、1人1人が自分の可能性を信じて挑戦できる「インクルーシブな社会」の実現には、何が必要だと思いますか?
また、中川選手が考えるインクルーシブな社会とは?
私は障害を持っているので「インクルーシブな社会」を話す際に、障害がある・ないに関わらずという話になってしまうのですが。
私の個人的な体験では、障害のことを「すごくかわいそうなもの」というフィルターを持って話しかけてくる方がいらっしゃいます。
その時に「私は全然かわいそうじゃないけどな…」と思ってしまう。もしパラ陸上をしていなくて、それを言われたらすごく落ち込んでいただろうなって。
障害があるということを「かわいそうなこと」と決めつけるのではなくて、その人の個性の一つとして捉えられる社会が理想だと思っています。
綺麗ごとかもしれませんが、障害やその他に関わらず、その人の個性をお互いが当たり前としてとらえられる社会が理想です。
私もこれまで周りの人に、そうやって支えられて生きてこられたので、それが社会全体でも実現できるといいなって思います。
また、障害のある方と「どう接したらいいか分からない」という方も多いだろうなとも。
私の友人は、普段は普通に仲良くしてるんですけど、たまに「片手だけじゃできない、どうしよう!」ってことが起きると、何も言わずに自然にサッと手を貸してくれるんです。
でも、それが自然にできるのは「私が何をしていると困るか」を知っているからだと思っていて。
なので私も障害について聞かれたら、できるだけたくさんのことをフラットに話したい。特に小さい子どもは、純粋に質問してくれますね。
「障害のある人も社会には普通にいるんだよ」ということを覚えて欲しいなという気持ちで接していますね。
── 最後の質問です。10月に開催される「愛知・名古屋2026 アジアパラ競技大会」の旗手に選ばれたと聞きました。おめでとうございます。
旗手に選ばれた感想と、大会に向けた意気込みを教えてください。
ありがとうございます!
アジアパラ競技大会に出るのは今回で2回目で、前回大会は、自分で出場を勝ち取った感覚がなく、ケガもあり思うようにいかず中途半端な結果に終わってしまいました。
だから今回は、自分の頑張りで出場を決められた、という確信が持てたことがすごく嬉しかったです。
さらに、旗手に選ばれるとは思ってもみなかったので驚きました。選んでいただいたので、頑張ってメダルを獲得したいと思っています!
***
「自分には無理かもしれない」と思ったとき。
周りの目が気になったとき。何かに挑戦するか迷ったとき。
中川選手が大切にしているのは、「迷ったら、難しい方を選ぶ」ということ。
でも、それは「いきなり大きなことに挑戦しよう」という意味ではありません。
まずは調べてみる。誰かに話してみる。小さくやってみる。
そんな一歩からでもいい。
もしかしたら、今「ちょっと気になる」と思っていることのなかに、まだ自分でも知らない可能性が眠っているかもしれません。
国際NGOプラン・インターナショナルでは、性別や属性に関わらず、誰もが自分の可能性を発揮できる「インクルーシブな社会」の実現を目指し、さまざまな取り組みを行っています。
女の子のための居場所・相談プロジェクトや、女性性器切除(FGM)から女の子を守るプロジェクトなど、国内外でさまざまなプロジェクトを実施中です。
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